競馬を続けた先にある世界

ギャンブル障害を抱えながら、それでも競馬で勝ちたい思いを捨てられない40代おっさんのブログです。

今週こそリベンジだ

先週土曜日の

全24レース予想は、的中数2、的中した単勝配当は中山4R300円と阪神2R200円・・・

想定以上のひどい結果となった。

自分の馬券力は、この程度だと思い知らされることになった。

しかし、落ち込むというよりはむしろリベンジするぞという気持ちが沸き起こり、

日曜日も全24レースにチャレンジした。

その結果、的中数3、的中したのは阪神4R990円・中山6R520円・中山7R740円

負けはしたものの、中山で津村騎手の単勝で2連勝したときはちょっと気持ちが高ぶってしまった。

とはいえ

2日トータルで20万5000円のお金を失うことになった。

日曜日の夜に憂鬱が戻ってきてしまった。

3人で晩ごはんを食べているのに、大した会話もなく、次の日も休みなのに僕の心は

後悔の気持ちでいっぱいになってしまった。

息子や妻に申し訳ないなと・・・

そして自分の意志の弱さというか、なんとかしたいけど、なんとかする元気もない。

いっそのこと、明日の浦和競馬にチャレンジしてみるかとも思ったが、もう私の気持ちは乱れまくってしまっていた。

大きな声でわめいて、走り出したい気持ちだった。

連休最終日の月曜日も、悶々とした日々を過ごしていた。

ただパソコンに向かって、インターネットを見てばかりといった感じだった。

少しでも家事を分担するべきなのに・・・

ほんの数十分、息子と一緒に外出した程度だ。

私にとって、苦痛に満ち溢れた3連休だった。

家族にとっても、何の思い出も残らない3日間にしてしまった。

しかし

こんな後悔と悶絶と失望に満ち溢れた私の心の中で、ここで競馬をやめるという選択肢はなかった。

よくない考えだと分かっているけど、ここで引き下がるわけにはいかないという気持ちのほうが断然強かった。

だが勝たない限り、ますますドツボにはまっていくだけだ。

勝つためには、自分を鍛える必要がある。

ただ最近の予想スタイルを振り返ると、馬柱を見て着順や着差を分析したり、騎手や調教師や馬主や生産者といった、いわゆる数字と人に着目する予想だった。

つまり身近にあるデータだけを活用した、ラクな予想である。

だから上辺だけを見た予想になってしまうので、低配当か来る確率の少ない馬を強引に買って、負けが込む状態になってしまっている。

昔の私を思い出すと、非開催の中山競馬場のクリスタルコーナーの指定席を買い、とにかくそこで流れるレースや参考レースをずっと見ていた。

そして家に帰ってからも、夜11時頃からやっていた中央競馬ハイライトを見て、その日の競馬をもう一度振り返っていた。

番組では、松本憲二さんや柏木集保さんが詳しく解説してくれていて、なるほどと思いながら見ていた記憶がある。

あとラジオ日本の競馬中継もよく聞いていた。

朝10時の時報の直後に、1Rのファンファーレが流れると「今日も始まるぞ」と気持ちが高ぶったものである。

やはりこちらも、一馬の清水成駿ホースニュース馬の笹川忠、ダービーニュースの阿部一俊、勝馬の二宮徳明など、解説陣も今思うと素晴らしいラインアップで、そういった解説を聞きながら、ひとレースずつ勉強していたものである。

ちなみに、一番印象に残った解説は、当時ホースニュース馬にいた弥永明郎である。

結構穴狙いのざっくりした予想だったが、よく当たっていた記憶がある。

かなり寄り道したが

言いたかったのは、データを分析する暇があるならレース映像を見るべきではということである。

レース映像を見るというのは、簡単そうで意外としんどい作業である。

1レース見るのに最低でも1分。長いと3分くらいかかる。

ネットなら1画面で1レースの内容を見れることに慣れてしまうと、かなりきつい。

ただ、たくさんレースを見ている方が、いろんな展開をイメージしやすいのではないだろうか。

もしかしたら騎手も、たくさんレースに乗っているほうが、いろんな展開を自らで作り出すことができるのだろうか。

本当は過去のレースがある程度頭に入っていれば、馬名を見ただけで予想ができるレベルまで行きたいし、昔はできていた。

それができるのとできないのが20代と40代の違いかもしれない。

そんなわけで、この1週間は、けっこう出走予定馬の前走映像を見ることに時間を費やした。

もちろん氷山の一角で、野球でいえば素振りを50回くらいやった程度かもしれない。

でも馬柱だけでは感じ取ることのできないヒントを得ているはずだ。

今週も、土日計48レースで勝負してみたいと思う。

雨風で難しい予想になりそうだが、目標は48万円投資で100万円の払戻だ。

どうせ競馬をやるなら、思い切った勝負をしたいものである。