一晩たっても
大きな馬券を取り逃した悔しさは消えなかった。
38万円という金額は、今の私にとってあまりに大きいことの証しでもある。
それだけでなく、もしかしたら抑えの馬連ではなく、本線の馬連で当てられたんじゃないかとか、ブロワの単勝で行くべきだったんじゃないかという後悔まで湧いてきた。
もし本線の馬連で勝負できたら帯封である。
朝起きても、通勤中も、仕事中は一旦忘れるが、トイレ中にも思い出す始末。
ダメリーマンの典型である。映画泥棒ならぬ給料泥棒である。
そんな1日を過ごしている間に、約25年前の苦い記憶まで思い出してしまった。
正月の中山
ド平日の2日目開催に、私は両親と一緒に中山競馬場の指定席にいた。
競馬ブーム絶頂で、一番電車の頃には指定席が埋まってしまう時代だったが、さすがに金杯翌日の中山は閑散としていた。
まだ馬連ができて間もない頃で、枠連で主に勝負していた記憶がある。
1992年1月6日 中山7レース。
私は出馬表を見て、父がモガミの馬が2頭いることに気付いた。
なので、あまり深く考えずに枠連1-5を買い、レースを見守った。
するとなんと、そのモガミ産駒2頭のワンツーで決まったのである。
1点で当てることができた、と感激して両親に馬券を見せびらかしたのである。
しかし、その喜びは吹っ飛んだ。
枠連1-5 950円
馬連2-10 28,440円
衝撃の万馬券である。
私は、よく分からない気持ちになってしまったことを覚えている。
なんかそのときは翌日以降の生活に尾を引いたことはなかったと記憶しているが、このレースのことを久しぶりに思い出してしまった。
こういうときは
時間に解決してもらうしかないというのが、過去の経験による処方箋である。
忘れることはないと思うが、いつか笑って話せる思い出になることを願うばかりである。
38万円を取り損ねた無念さを仕事にぶつけて、年収を38万増やすことを私のミッションにしたいが、まずは気持ちの切り替えに四苦八苦の日が続きそうである。
ただ思うのは
ミルファームも杉原騎手も初重賞制覇はかなり近いところまで来ている気がする。