競馬をやめた先にある世界

やめた先に待っていたのは、やはり競馬でした。一度ハマったらどうなるのかを綴っていきます。

女性蔑視というよりはリスペクト不足?

もう1ヶ月も

前の話になってしまったが、「女性を会議に入れると会話が長くなる」発言からはじまった一連の騒動。

正直、私の中ではそんなに騒ぎになるほどの話かなと思う。

でもそう思ってしまうということは国際社会では非常識とみなされるのかな・・・といろいろモヤモヤして、なんか綴りづらいなというのが実感。

そもそもオリンピックが予定通り行われていれば、この騒動そのものがなかったわけであって、そう考えると、本当にコロナ禍を忌々しく思うのは私だけではあるまい。

そもそも、オリンピックに向けて多くの国民が成功を願い、盛り上がっていれば、このような発言があったとしても、大きく取り上げられることはなかっただろうし、逆にこの発言に対してワーワー騒ぐ人がいても「これからオリンピックをやろうとしているときに、騒ぐんじゃないよ」の意見のほうが勝るような気がする。

実際にどちらが正しいかは別として。

私は

今回のオリンピックに対しては、コロナの前からいい思いを持っていない。

てっきり今回も10月に開催するものと決めつけていたのだが、実は7月開催と知った時点で、クソ暑い時期にひどい話だなと思ったことを覚えている。

その結果、プロ野球の日程も大幅に組み替えたり、神宮や横浜スタジアムが長期間使えなくなったり、競馬だってマラソンを札幌でやることになり日程がグチャグチャになったり、祝日の変更で余計な仕事が増えたり、とにかく悪い点ばかり。

特に、年齢が上になるほど、えっ10月の体育の日じゃないの!と感じた方が多いのではないかと思う。

私はオリンピックの開催について意見を言える立場でないことはわきまえているが、現在の状況でオリンピックを支援するような企業や人には、いい印象を抱けない。

例の発言に

話を戻す。

私の感想は、タイトルに書いた通りである。

男性だから女性だからということよりも、同じ場にいる人に対しての敬意が足りないから、結果として当事者を含め多くの人が声を上げたのかなと思う。

と同時に、よくない発言だけど100%間違いではないよねと思った人もいるはずだ。

あと、幅広い考え方があってもいいんじゃないの?という視点で見れば、森氏の発言もひとつの考え方で、そういう発言を抑圧するほうが問題だという見方もできる。

それぞれの人の立ち位置によって、いろんな思いはあるのかなと思う。

私の部署は女性が多くて、男性は私だけという状況になることもしばしばだ。

そうすると、なんかもう結論は出たような気がするんだけどなぁ、そろそろ終えたいなぁと思うこともあるのだが、私は時間が許す限りは、無理に話を切り上げるようなことはしない。むしろ納得するまでやってみんなで気持ちよく終われればという感じである。

逆に早く結論が出てしまって、さっさと解散というときは、メンバー同士の仲がイマイチで雰囲気が悪い時の方が多いと感じるのは、気のせいか。

今回の教訓として

自分が職場や家にいるときの心構えとして

・お互いをリスペクトすること

・自分がやるべきこと、自分ができることをしっかりやり切ること

が大事なのかなと思う。

男の立場で、やっぱりどうしても女性の立ち入れない領域というのはある。

女性の気持ちを理解したいと思っても、それはなかなか難しいし、女性だって人それぞれ、中には男性には理解されたくないという女性もいるだろう。

正直、生理のときの女性の気持ちを共有するとかできないし。

「困ったことがあったら、僕でも周りの人でもいいから言ってね」と声かけするのが私としては精一杯である。

この声かけは、ある意味男女共通に使えるのかなと思う。

最後に

身の程をわきまえている、という発言について。

これもイマイチな発言ではあるのだが、身の程をわきまえることを心掛けるのは生きていく上で大切なことだと思う。

人としてはみんな平等であるべきなんだけど、やはり人それぞれの立場や相手関係や環境によって取るべき行動が決まってくるとは思う。

ここは競馬ブログなので、競馬を例にすると、一口持っていた馬の優勝口取りのときの並びのことを思い出す。

基本、口取りに参加する人は同じ一口会員という点では同じ立場なのだが、やはりレディーファーストだったり、一口会員のキャリア(実績)とかも意識して言葉を選ばないといけないなぁとキャリアが浅い私は感じ取ったことを思い出す。

あと、あぁなるほどと思ったのが、一口会員の中には本当に馬主資格を持った方もいて、さも当然といった感じで、女性を優先したうえで一番いいポジションに収まった方がいたこと。

そして口取りの記念撮影が終わった後は、さも「君たちとは違う立場なんだよ」といったオーラ全開で、その方は去っていった。

ただ、不快感というのはなくて今思えば世の中の格というものを知る、いい勉強だったなと思うのだ。

その口取りの機会を奪ってしまったのもコロナ禍である。本当に忌々しく思う。