競馬を続けた先にある世界

ギャンブル障害を抱えながら、それでも競馬で勝ちたい思いを捨てられない40代おっさんのブログです。

これで6節連続休み、でも・・・

これで

表題のとおり、実効12日間のギャンブル停止となった。

土曜競馬では、中山メインのミスニューヨーク。日曜競馬では、中京のキュムロンニンバス、中山のディセンバーステークスあたりが、ちょっと気持ちがむず痒くなる感じ。

ミスニューヨークは、前走デムーロ騎手に乗り替わって惨敗したが、そこでもう1走辛抱して狙えたかどうか。

ギャンブル停止中の冷静かつ客観的立場だと、得意の中山替りで巻き返しがあると考えられるが、実際に馬券を買う立場になると、どうしても前走惨敗のほうが気になってしまって・・・

苦しい立ち位置でも辛抱して買い続けることができる人、もうダメだと諦めて買うのをやめてしまい他を買ってしまう人、ハナっから勝負から逃げ出してしまう人。

競馬を休んでみて感じるのは、競馬で勝つためには知識とか、過去の経験とか、勢いとか、いろいろ必要だが、一番大事なのは辛抱できる力なのかなと思ったりして。

引き分けというか損をしないためには、今の私のようにハナっから勝負から逃げ出してしまうという選択肢もある。

ただ、そんな人間は絶対に勝利の喜びを味わうことができない。無傷が唯一の報酬。

やはり勝つためには、見込が薄くても自分の判断を貫く辛抱、危険だと分かってもあと一歩踏み出す辛抱、でもその一方で、自分に判断できないレースは見送る辛抱がどうしても必要だ。

競馬を楽しんでいるようでは半人前。耐えて、耐えて、辛抱して掴んだ的中を積み重ねることが一人前の証なのかなと思う。

判断ができている人はけっこう多い。でもその判断を貫ける胆力というか辛抱力を持っている人をなかなかお見かけしない。

中山の

ディセンバーステークスは、田中勝騎手と杉原騎手という、いかにも私好みの組み合わせで大波乱となった。

3着の柴田大騎手は、私的に無理なので3連系は取れなかったと思うが、馬連・ワイドあたりで何とかできたんじゃないかという思いはある。

でも、ロクに馬柱も見ていない部外者が、こういうこと書くのって、実際にこのレースに馬券で参加した人にとってはすごく不快なんじゃないかな。

そんなこと言うなら、賭けてみろよ。取れもしないのに言うんじゃないよ。という感じだろう。

なんか今の世の中、私も含めて、そういう部外者が幅を利かせてしまっているのが、今の日本の雰囲気を悪くしているのかなって感じる。

現場のこと知らない株主が幅を利かせたりするから、本来その現場で働く労働者に回るべきお金が回らない、とか。

まぁ、結局は立ち位置次第で、人生決まっちゃうのかなとも思ったりして。

努力とかで這い上がれる可能性もゼロではないけど、努力するのもバカバカしくなるような現実が世の中には満ちあふれていることに、40代後半になってようやく気付いた。

なんか

何が正しくて何が間違っているのかが分からなくなってきたというのが、最近の自分。

明日も猛烈に忙しい、難しい状況が待っていて、とても憂鬱。

来年の今頃は、こんな思いしたくない。

なぜかって、こんな大変な思いしているのに、会社ではそれに見合った評価をしてくれないことを思い知らされたから。

僕の視野が狭くて、自分で勝手に仕事に苦しんでいるだけなのか、それとも客観的に見て本当に難しい仕事をこなしているのか。

今の会社しか経験していない自分には、会社を説得できる手立てがない。

ひとつの会社で勤め上げることをヨシとしてきた自分だったが、残りの人生を思うと、もっといろいろな経験をするべきだったかな、そしてもっと自分にとって幸せな立ち位置を見つけたかったなという思いが強い。

とは言え、明日は待ってくれない。

となると、今の自分ができることを精一杯やるしかないという有り触れた判断しかできなくて。

自分がコントロールできることとできないことを切り分けて・・・

存在するタスクを一つ一つ片づけて・・・

周りの人に頭を下げて・・・(僕は立場が弱い人間なので、協力してという考え方は捨てた。偉そうな態度取るとロクなことないから)

ジリジリと時間がかかってでもゴールに向けて前進していくしかない。

結局は、辛抱する力か・・・

月曜日の仕事が終わった時、自分に何かご褒美を用意してあげたい。