競馬をやめた先にある世界

やめた先に待っていたのは、やはり競馬でした。一度ハマったらどうなるのかを綴っていきます。

投了から一夜明け、爽やかさと憂鬱さが同居中

今日は

先月末から予定していた午後半休を取り、17時過ぎに帰宅した。

私のブログをよく読んでくださる方であれば、なぜ今日、午後半休を取ったのか、オミトオシだと思うが、私の見通しは外れて残念ながら願いは叶わず。

終業時間が13時なのに、17時過ぎに帰宅したのも、当然理由がある。

帰ろうと思えば13時に会社を出てよいのだが、本来なら今日は繁忙時期で休むのは申し訳ないくらいの日で、私の見通しも外れたので、1時間くらい残業して会社を出た。

私の見通しが外れたので、午後半休の唯一の楽しみは、昼食である。

とはいえ、14時を過ぎ、予算もワンコインとなると選択肢は限られる。

結果、てんやにした。

以前、天丼とそばのセットを食べたのだが、そばがおいしくなかった上に、ボリュームもサンプルに騙されたような感じで、すごくがっかりしてしまい足が遠のいていた。

なので、今日はセットではなく、天丼単品にしようと思った。

久しぶりに食べて、超おいしいというわけではないんだけど、おいしかった。

僕が求めていた味だった。これで税込み500円。幸せな気持ちになった。

海老とイカと赤魚とインゲンとかぼちゃ、それに味噌汁までつくんだよ。

すごいなと思う。これできちんと儲けが出ているのなら、お互い幸せ。

一方で

お互いが幸せになることがあり得ないのが、競馬だ。

幼稚園のかけっこのように、完走してくれればいいよとは行かないし、会社や店舗のように、みんなで力を合わせて儲けようとはならない。

というか、幼稚園のかけっこだって、年中や年長ともなれば、けっこうシビアな勝負となる。うちの息子だって、せっかく内枠に入ったのに外から被せられる始末だ。

競馬でも、一口クラブで同じ馬を所有している人同士とかであれば、一緒に勝利をわかちあうことはあるだろうが、ほとんどの場合、お互い残念な思いをすることになる。

それでも、なんとか自分だけでも幸せになりたいと思い、狂ったメトロノームのように勝負を続けたのだが、結果は見ての通りである。

あくまでも

一夜明けた月曜の時点だが、完全に出し尽くしたうえでの敗北という気持ちが強い。もうどうしようもなさすぎて、悔しさというよりは爽やかな感じすらある。

一方で、今度の週末、競馬ができないのかぁと思うと、なんか最後の逃げ場がなくなってしまったようで、すごい恐怖感というか圧迫感というか虚しさを感じる。

こんなにいろんな気持ちが同居できるって、人間って不思議なものだと思う。

0と1で構成されるコンピュータやAIにも、こういった状況って起こるのだろうか?

今、すごく自分の立ち位置に悩んでいる。

徹底的に競馬を憎み、もう死ぬまで競馬をやらないという気持ちにせねばという思いもある。

でも、あんまり肩肘はらずに、マラソンのように、もう勝つのは無理なわけだからとりあえず棄権して、これ以上の体調悪化を防ぎ、今後に向けて立て直せばいいという思いもある。

今までの経験則から言って、日曜の夕方に決断するのは、あまりいい方向には作用しない。

JRAだけで考えれば、月曜から金曜においては開催していないわけだから、どっちみっち負けることはないので、普通に暮らして、平日にやるべきことをしっかりやることに専念したほうがいいというのが私の考えである。

それで金曜日の夜、会社を出てから、もう1回よく自分の心に耳を傾けて、自分の心の中にいる小人たちと意見交換すればいいのかなと思う。

小人たちとの意見交換で結論が出ないのであれば、とにかく出馬表を見ないで保留しておけばいいのかなと思う。

電車の中、駅からの帰り道、夕食、湯船の中・・・

自分の部屋に閉じこもって動かずに考えるのではなく、街の空気を感じながら、人の動きを見つめながら、そして自らも動きながら考えたほうが、頭が活性化して、本当に自分にとって最善の結論が出るような気がする。

あとは、小人たちが出した結論を、どう受け止めるかだろう。

土日の競馬で

私にとって、あぁだめかと自分の限界を悟ったのが、東京ジャンプステークスである。

マンノグランプリは昨年の夏の小倉で、私の馬券にいい勢いを与えてくれた1頭で、前走の障害未勝利も、ばっちり決めることができた馬である。

いきなりの重賞で、なかなか買う度胸が整わなかったのだが、やっぱり流れを大きく変えてくれるのはこの馬しかないだろうということで、本当に勇気を振り絞って買うことができた馬券である。

ただスタートで位置取りが悪くなってしまって、最後方になってしまった。

あぁやっぱり無謀だったかなと暗い気持ちでレースを眺めていた。

最後の直線で少し順位を上げても、ちょっと厳しいなと思っていたのだが、なんだか100メートルを切ってから、いや50メートルを切ってから、もの凄い勢いでぶっ飛んできた。

一瞬勝ったかと思った。ただあまりにも遅すぎた。

僕も、西谷騎手もできる限りの最善手を打った。マンノグランプリも懸命に走ってくれた。

渾身の穴馬を抜擢して人気馬を競り落としても、更に人気のない馬に封じられる。

初めて経験したことではないが、この厳しい状況下では耐えられなかった。

このあと、シュルルヴァンやバレッティの惜敗を見せられることになるのだが、勢いのある追い込みを見ても、ピクリとも動かない手綱を見ても、期待より不安の方が大きくて、結果もその通りになった。

マンノグランプリの

次走の単勝を買えないと思うと、本当にいても立ってもいられなくなる。

ただ私は、もう競馬をしてはいけない立場に置かれていることも重々承知している。

本当に自分で厳しい状況を作ってしまったなと思う。

昨日の夜、布団の中で考えたことがある。

とりあえず一番悪いのは自分である。それは受け入れたくないが、覆しようのない事実である。

ただ二番目に悪いのは何だろうと思う。

AIの進化なのか、C騎手か、それを重用する人間か、そもそも騎手に罪はなく、通年免許を与えてしまったJRAか。

一瞬、太宰騎手にしようと思ったが、ショートストーリーで私が勝負したときに久しぶりに勝利を目指した騎乗を見せてくれた。文句は言えない。

他にもいくつか候補はあるのだが、有力なのはやっぱり控除率、あとは降着制度の改悪だと思っている。

これについてはまた改めて。

本当に

迷いと苦しさでいっぱいの私であるが、日曜の最終レース終了後から多くのコメントをいただいた。

また昨日だけで3,000を超えるアクセスをいただいた。これまでで最高である。

そして今回が、300個めの記事である。

これから、どんな人生が待っているのか。もうすぐ45歳の夏である。