競馬を続けた先にある世界

ギャンブル障害を抱えながら、それでも競馬で勝ちたい思いを捨てられない40代おっさんのブログです。

もう限界

12月が

終わろうとしている。

私にとって、つらく苦しい1ヶ月だった。仕事でもそして競馬でも。

競馬はこの1ヶ月完全に休むことができた。

有馬記念は見たが、馬券に参加することはなかった。

しかし、仕事がひと段落ついて疲れが抜けた最後の1週間は本当に休むのがきつかった。

24日(祝)の浦和競馬、代休を取った26日(水)の浦和競馬、28日(金)の中央競馬の誘惑を断ち切るのは大変だった。

あの浦和競馬の本馬場入場曲は競馬のアドレナリンを高ぶらせる成分が何か含まれているんじゃないかと思う。

実は、29日以降の大井競馬の誘惑もかなりきつかった。でもやっと最終Rまでしのいだ。

競馬はやってないけど、頭の中は競馬であふれかえっている状況だ。

ドロドロに熱くなったマグマが私の脳を流れている。少しずつ漏れてきている感じもする。

テレビでも29日(土)は地獄だった。

東京大賞典以外にも、NHKではダービー前後72時間を密着した番組をやっていたし、フジテレビでは武豊だけで2時間の番組をやっていた。

こういう番組を見ると、競馬のよさ・楽しさに改めて気づくことになる。

5回中山

開催は私の中でも思い出が多い開催である。

有馬記念の指定席がほしくて、終電で競馬場に向かい父と一晩過ごしたことがある。

1992年12月のことである。

夜の1時に競馬場につき、中央門の地下でジッと待つ。

少なくとも100人はいたはずだ。

父はいろんなことを知っていて、足の周りを新聞紙でくるんでくれた。

カイロ以外にも、寒さがしのげることを教えてくれた。

寒くて、そして静かで・・・寒くて眠れなくて、でももう今さら家には帰れない。

競馬新聞を読んでも寒くて頭に入らない。

私の人生で五指に入る辛い夜となった。

今思うと、父はまだ若かったとはいえよく付き合ってくれたと思う。

そして午前3時頃から行列はどんどん伸び(車で来た人たちだ)、一番電車前に整理券が配られた。

しかし本当の地獄はこれからだった。

多くの人たちは車に戻っていったが、うちらには車はなく寒さは明け方にピークとなる。

私と父は駅に向かい、早朝の電車に乗り込んだ。

たしか船橋法典から武蔵浦和まで行って、そこから戻ってきた記憶がある。

寒さと眠気におそわれながら、ようやく中山競馬場の建物に入れたのは8時頃だったか。

指定席章を受け取り、A指定席に入るとみんな机にうつぶせになって寝ていた。

1レースが始まってもドヨンとした空気だったのを覚えている。

そして有馬記念の指定席をかけて、三角くじを引いたのだが・・・

はずれ

そして父も外れたとのこと。

ただ、座った席は当時の自分にとっては特等のゴール前だった。

そして私はニシノフラワーの鮮やかな追い込みで単勝を的中させ、わずかながらの土産を持ち帰ることができた。

この年以外にも、最終レースで的中し、家族三人で人形町の今半にステーキを食べに行ったりと思い出は尽きない。

話が遠回りしたが

わたしはもう競馬を止め続けることが無理だと思った。限界だと思った。

馬券に参加しなくても、結果は気になって仕方ないし、現に有馬記念の日もミルファームのマンカストラップが穴をあけていて、これは勝負しなきゃいけなかったと心がかき乱された。

9月の中山で快勝したマンカストラップ。昇級は形だけと考えれば全然取れる馬券だ。

田中勝春のシャインヴィットゥも見事にこの5回中山で連勝を決めた。

今までずっと狙っていたのに本当にため息しか出ない。

もう少し粘るべきだったなと思う。

あと12月中は体調がずっと悪かった。やっぱり週末の目標がなくなると身体もペースが乱れておかしくなってしまうのかもしれない。

そんなわけで、来年から競馬を再開することにした。

結局競馬を止めた先にある世界は、結局競馬だったというのが私の答えである。

私が

もし競馬歴5年くらいの20代後半であれば、上に書いたような禁断症状が多少あっても、その先の人生を考えれば無理やりやめる選択もあるだろう。

しかし、競馬歴30年の40代半ばとなると、頭の中から競馬を消すにも相当の時間がかかるし、消えたころにはかなり年老いている気がする。

となると、競馬を止めるために苦しい思いをするよりも、もう好きなようにやりきってしまったほうがいいのかなというのが結論だ。

ただ続けるために家族に迷惑をかけないというのは絶対条件だ。

そのへんは、自分でも納得できてかつ実際に運用していくうえで無理がないルールを作っていきたい。(実はもう私の頭の中では作っている)

競馬はやめられないが、負け額を減らすとか負けた時の心の落ち込みや苛立ちを和らげることはできるような気がする。

2018年

年明けにこのブログを開始し、自分の心をいろいろ整理することができた。

自分で言うのもなんだが、すごい一生懸命考えていたんだなと思う。

そのかいあって、ダービーまでの5ヶ月はきっちり止めることができた。

その後は決意が崩れてしまったが、苦しい心境をよくここまで文字にできたなと思う。

そしてブログのアクセス数も徐々に増え、今月は4,000アクセス、今年累計で14,000アクセスをいただいた。

ずっと本当のことを書き綴っているので、こういう人もいるんだなと、そして同じように競馬で苦しんでいる人が「自分だけでないんだ」と思ってもらえればという気持ちだ。

こんな結論になってしまうと、競馬を止めようと思った人にとって今後このブログがかえって心を乱すブログになってしまうのが唯一の気がかりである。

そこは、競馬歴、競馬への思いの深さ、今の生活状況等、状況は人さまざまであろう。

反面教師としていただいてもよいし、息抜きレベルで通りすがっていただいてもよいので、都合よくこのブログを使っていただければと思う。

2019年がみなさんにとって、よい1年になりますように!